こんにちは。しらたま(@shiratama_8man)です。
前回の記事では、「自分を大切にするとは、自分の考えたいことを考えること(前編)」を書きました。
今回は、その続きとして「自分の矢印を自分に戻すこと」についてまとめます。
自分を変えるとは、方向を変えること
以前の私は「自分を変えたい」とよく考えていました。
努力や成長、新しい挑戦など、何かを足すことで変わると思っていたからです。
でも今は、変えるというのは矢印の方向を変えることだと考えています。
他人に向いていた意識を、自分に向け直すこと。
自分が何を感じて、何に反応して、何に疲れているのか。
そういうことを理解しようとするようになってから、少しず安心できるようになりました。
「違い」に惹かれて、「違い」で別れる
自分を大切にすることがわからなかった時期。
度々書いていますが、
恋愛に救いを求めていた頃は、いつも自分にないものを持っている人を好きになっていました。
努力家で、安定していて、穏やかな過程で育ち、自尊感情がある。
私が欲しかったものを自然に持っている人たちです。
でも、そういう人と関わるほど苦しくなりました。
「人は違いに惹かれて、違いで別れる。」
そんな言葉を知ったとき、まさに自分のことだと感じました。
当時の私は、相手との違いを素直に受け入れられませんでした。
自分の足りなさを突きつけられているようで、落ち込むことが多かったからです。
もし当時のわたしの心が健康だったら、
その違いを「この人の強さに助けられている」と思えたのかもしれません。
「同じ」で安心できる関係へ
最近は、「違い」に惹かれる関係よりも、
「同じ」と感じられる関係を大切にしたいと考えています。
価値観や考え方、生き方に共通点がある人の方が、一緒にいて安心できます。
お互いを理解しようと無理をしなくても、
ある程度は自然に分かり合える関係が心地よいです。
これは甘えや依存ではなく、無理のない関係を築くための安心感だと思います。
友人関係でも、価値観やバックグラウンドが近い人とのつながりの方が続いています。
年齢を重ねるほど、その傾向ははっきりしてきました。
埋められること、埋められないこと。
理解できること、できないこと。
そうした違いをむやみに感じずにいられる環境が、今の私には必要なのだと思います。
欠けを埋めようとしてきた過去の中で、そのことに気づきました。
そして、こうしたことを理解して受け止められるようになったことも、自分を大切にすることの一部だと感じています。
失敗をそのままにせず、
どうして苦しかったのかを考える。
それが、私にとって「自分を大切にする」ということです。
考えることと、悩むことの違い
最近になって、「考える」と「悩む」は違うものだと分かってきました。
考えるのは、自分を理解するための時間です。
悩むのは、同じことを繰り返して考えて、苦しくなる時間です。
以前の私は、ずっと悩んでいました。
夜になっても同じことを考えて、朝になってもまた同じことを考える。
実際には何も変わらず、ただ気持ちがすり減っていくだけでした。
今は、「これは考えても意味がない」と思えたら、その時点で止めます。
それは逃げることではなく、自分を守るためです。
答えの出ないことを繰り返し考えても、
状況が良くなるわけではないと分かりました。
だから、考える時間と悩む時間を意識して分けるようにしています。
今を理解するということ
過去の自分を理解できるようになったように、
今の自分を理解しようとすることも、自分を大切にすることです。
失敗を放置せず、なぜ苦しかったのか、何がつらかったのかを考える。
それは反省ではなく、理解です。
出来事だけでなく、そのとき自分がどう感じたのかを整理しておくこと。
それが、次に進むための基準になると思います。
ただ、過去の自分の分析はできても、今の自分となるとちょっと難しい。
わからない時は、突き詰めず、
程度は未来の自分に託すこともあります。
それが、今の私にできる「考えること」です。
まとめ
自分が考えたいことを、自分主体で考える。
たったこれだけのことですが、だいぶ遠回りしてしまいました。
ですが、一度コツを掴むことができれば、その後は自然とできるようになることもわかりました。
自転車の練習と同じなのに、複雑に考えすぎていたなと思います。
これからも、自分の考えたいこと、疑問、不安については、適宜考えて、自分が嫌な気持ちにならず、できるだけ軽く緩やかな日々を送れるように、心の整理を続けようと思います。
本日も読んでくださり、ありがとうございました。
それでは、また。
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