しらたま(@shiratama_8man)です。
先日Xにもポストしたのですが、久々に人間関係で少し考えることがありました。
昔からの友人、連絡したり会った後にちょっとモヤモヤするようになってきた。フレネミーみたいなことは一切されていないけど、会話していて楽しくないなって思うことが増えてきて悲しい複雑な心境。でも、自分がそう思うってことは、相手も少なからず違和感を感じている気がする→
— しらたまの簡易生活 (@shiratama_8man) September 18, 2026
相手は学生時代からの友達。
国内外への旅行や近場でのアクティビティに気兼ねなく誘うことができ、家庭環境も似ている面があるため、安心して話せる仲です。
しかし最近、世間話のネガティブ要素が増え、お互いに「負を引き出し合っているのでは?」という違和感を覚えるようになりました。
ネガティブな話題が増えた原因は自分にもある
近況報告のあと、会話が時事問題や不祥事系にいきやすくなっていることがモヤモヤの原因だと思っています。
政治や事件について考えることは悪いことではありませんが、自分事にしすぎると「むやみに怒る人」になってしまいます。
「怒る」って疲れます。
楽しかったはずの会合なのに、帰宅後に気が重たくなる感覚がありました。
友人も同じような疲れを感じていたかもしれません。
外の世界の刺激がないと、話せることは減ってしまうのかな
私自身、新しく他者に共有できるトピックがないのも原因の1つだと考えました。
若い頃みたいにあちこち行って、いろんな刺激を受けて、それを共有したりってことがないです。
私はいま「ダウンシフト」の最中で、興味の対象は内省や暮らしの見直し。
仏教や禅、健康や食に興味があるけれど、友人はそこに関心が薄いです。
私も友人の趣味には疎いです。
こうしてブログに書いてみると、共通の話題が少ないことを改めて実感しました。
でも、共通の話題がなくても気軽に誘い会えたのは、旧知の仲だからだな〜という再認識や感謝もできました。
関係性の軌道修正
古くからの友人だからと「長時間のお喋りができる関係」に対して、無自覚に重きを置いていたようです。
今の関係の本質は「旅友」としての体験共有なのかな〜って思います。
今後は「お喋りはメインではなく、おまけ」にしておくことが、気楽で平和な関係を続けるポイントだと気づきました。
共通の目的がないと、長時間の会話は疲れる
年齢を重ね、若い頃のようにむやみやたらに悩み相談をすることがなくなりました。
職場やプライベートの個人差が広がる世代になると、共通の趣味トーク以外での長時間の会話は心理的な負荷が大きいようです。
適度な距離こそが心地よさの秘訣だと感じています。
こういう時は素直な気持ちを先に伝えておく
話を戻しますが、友人も優しさから言わないだけで、実は疲れていた可能性があります。
会話は一人では成り立ちませんから。
だから次回、もし前回の時間に疲れを感じさせていたら申し訳ないと、素直に伝えようと思います。
相手もモヤモヤしていたなら「ごめんね」と分かち合えるし、そうでなくても「そう感じていたんだな」と受け止めてくれる人間性だと分かっています。
この安心感があることは本当に有り難いことです。
友人関係は無理してまで続けることではない
人間関係を無理して続ける必要はありません。
ただ、即座に縁を切るのではなく「少し寝かせておく」「関わり方を変えていく」という選択肢もあります。
お互いに異なる人生を生きている以上、常に一定の濃度で関わり続けるのは無理な話です。
ある程度の距離を保つお付き合いの段階に入ったのだと思います。
まとめ
アラフォーになっても友人関係で悩むことはありますが、自分には「共通の目的ありきの交流」が一番ストレスがないと再確認できました。
本日も読んでくださりありがとうございました。

